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陸上競技クラブチーム"SNE Athletes"の公式ブログ

#5 日本選手権50km競歩

こんにちは,代表のきむらです。日が開いてしまいましたが,4/15(日)に行われた日本選手権50km競歩についてお話したいと思います。
 
【要約】
  • 女子50km競歩が国内選手権で執り行われたことは非常に意義深い。
  • 当該種目の選手は,スポーツ界の男女不平等をハックする力を持っている。
 
 
さて,男子は野田明宏選手(自衛隊体育学校)が3時間45分56秒の好タイムで優勝しました。彼は2016年の全日本競歩高畠大会で初50kmに出場し,残念ながら途中棄権してしまいました。その光景を同レースに出場していた僕は鮮烈に覚えていたので,今回の結果を聞いてとても嬉しかったです。 同期ですし,これからも応援していきたいと思います。
 
男子のレースについては様々な方が考察を進めていらっしゃると思います。 ですので僕はもう一つの,今回日本選手権として初めて行われた女子50kmについて少し変わった切り口で書いていこうと思います。
 
 
  国内初 女子50km競歩の選手権 
 
レースには9名の選手が出場し,園田世玲奈選手(中京大3)が4時間31分52秒で制しました。約5'25/kmのペースで50kmを歩くもので,レース運び自体もとても安定していて,初50kmでこれだけ歩くのかと僕自身感銘を受けました。終盤まで園田選手と競っていた2位の熊谷菜美選手(国士舘大3)も4時間39分01秒でゴール。 その他出場選手8名がゴールし,完歩率が非常に高いレースとなりました。 
 
また,前日のジュニア10km競歩にも出場していた田牧明花音選手(広島大1)も4時間53分50秒で完歩し,誰もが驚く"2日間で60km歩破"という偉業を成し遂げました。 彼女はつい先月まで高校生だった神奈川県出身の選手で,昨年3月に行われた全日本競歩美大会20kmのレース(1時間39分53秒でゴール)を観て度肝を抜かれ,以来注目しています。考えてみてください,彼女は当時まだ高校2年生です。 今回も大学入学直後に10km+50km, 常識をぶち壊しまくってます(ジュニア女子10kmは48分13秒で6位)。  
 
この50km競歩という種目について,昨年3〜4月の間に国際的な議論が巻き起こりました。それは2019年以降の陸上競技世界大会において,男子50km競歩を廃止するか否かと言ったものでした。  国際オリンピック委員会(IOC)が50km競歩を,男女の機会不均等や近年の五輪種目のトレンド(競技時間が短い,観ててルールが分かりやすい)を鑑みて,廃止しようとの提案を出しました。その後オーストラリアのChris Erickson氏によるネット署名や,IOC国際陸上競技連盟(IAAF)との意思伝達の齟齬が明らかになったことによって,暫定的に2017年ロンドン世界陸上,2019年ドーハ世界陸上2020年東京五輪での開催が決定しました。(事実関係は私が把握している範囲,誤りや最新の動向などあればご指摘頂けると有り難いです。)
 
 世界的な動向として,スポーツだけでなく社会的にも男女不平等について議論されてきています。 セクハラや雇用の問題など様々です。日本ではつい先日,急病人の救命救急をするため相撲の土俵に上がった女性の医者の方に対し「土俵から降りてください」とアナウンスされたことが大きな問題となりました。 
 
これってすごい難しくて,例えば僕自身が男女の不平等を助長する行動をしていないって言い切ることができないんですよ。 あなたが男性なら,知らないうちに女性軽視をしてしまってるかもしれないし,あなたが女性なら,飲み会とかで女性というだけで男性よりも低い金額で済まされてるかもしれません。 いずれも男女不平等の論点です。 
 
で,今まで女子50km競歩は,恐らくそんな観点から世界大会で開催されてきませんでした。 gender論ではなく,sex的な観点から。ただでさえ運営時間が長い50km競歩を,世界大会で執り行うのに抵抗があったとか,競技人口がどうなるか不透明だとか,その他にも様々な理由があったはずです。 
 
それが昨年のロンドン世界陸上から急遽,女子50km競歩のレースが行われ,7名の選手が出場しました。確かIAAFからアナウンスがあったのが2016年の年末とかでした。参加標準記録は4時間30分だったので,アナウンスから8ヶ月で標準切り,本番レースの2本に向けて調整しなければいけなかったはずなので,出場した選手は非常に難しい条件だったと思います。 
 
そして先日の日本選手権競歩で,国内選手権(オープン扱いですが)として初の女子50km競歩が開催されました。  

 

 
女子50km競歩の選手はスポーツ界をハックできる
 
僕は今回の輪島で50km競歩に挑戦した9名の選手に最上級の尊敬を表します。始まったばかりの女子50km競歩はまだまだマイノリティで,前例もそんなにないし,出場するだけでも勇気が必要だったはずです。男性でも最初は躊躇する選手が多いのに,先陣切ってスタートラインに立ったことが既に尊いです。 
もう1つ,女性はコンディショニングが男性と比べて難しいはずです。"Low energy availavility”,”無月経”,"骨密度の低下"が問題となる三主徴や,月経周期それ自体もコンディショニングに含めなければなりません。 これらを考慮しながらトレーニングとコンディショニングの両立が難しい50km競歩を,8/9人が完歩した事実は,スポーツ界に根強く残る男女不平等の空気をハックできる可能性があるという点でとても意義深いです。 
 

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彼女たちが50kmに挑戦したことは非常に重要(撮影:@dsdsdskoi300 さん) 
 
 
 女性は男性と比べて,身体能力が低いと言われ続けてきた過去があります。2016年夏に高野連が,甲子園会場での事前練習をしていた高校のマネージャーがグラウンドに立って練習のサポートをしていたことを咎め,その規則を含め問題になりました。当時高野連内には「硬球が飛び交うグラウンドに女子部員を立たせて危険に晒すわけにはいかない」という意見があったようですが,そもそも規定で試合前練習の補助員は男子に限定する旨の文言があるのが問題で,この女子マネージャーはそういった点で,野球界をハックするきっかけを作りました。だって女子マネージャーは普段から硬球が飛び交うグラウンドで練習の補助をしていたはずなのに,試合前だけ禁止するって,すごい的外れですよね。女性の能力軽視とか甲子園のマウンドに女性を上げたくない神聖化の精神とか,そういうのが背景にあったんじゃないかと考えてしまいます。 
 
このようなことはきっと至る所にあって,でもそれは少しずつ女性選手の力でハックされ続けています。女子の格闘技も近年は普通に行われるようになりましたし,陸上競技では女子十種競技以外,投擲物の重さやハードルの高さこそ違えど,全ての種目が女子に解放されました。 
 
"男女で生物学的に差があるのは覆し難いが,だからと言って女性が参加できない規定には賛成しかねる,枠組みがなければ男女ともに声を上げて作るべき"というのが僕の意見です。これは非常に重要で,例えばスポーツは基本上層組織がありますが,彼らが「きっと出来ないし,面白くないから禁止」っていうのと,「別にやってもいいけど,何があっても知らないよ」っていうのなら,後者の方が圧倒的に民主的なスタンスです。当事者の世間に訴えかけていく力が求められるという点で,自由競争の枠組みに突入していくのは,これまでに発展してきたどのスポーツも辿ってきた道なので,これからもそういう事例が女性スポーツにおいて起こってくることが考えられます。
 
今回の女子50km競歩はそういった意味で非常に意義深いものでした。  
 
 
指導者になるなら女子50kmが面白い 
 
またいつか書きますが,競技の第一線を退いたら後進のコーチをしたいと考え,大学でもその辺を色々考えながら学んできました。大学2年のときくらいから上記のようなことを考えてきて,周りにずっと女子の50km競歩選手に携わりたいと主張していました。こういう流れが今日本に来ていて,その流れを感じながら競技生活を送れていることは本当に面白くて,もっと色々なことを知らなければと思う今日この頃です。 
 
輪島に出場された方々,改めてお疲れさまでした。現地には行けていませんが,現地からの実況やリザルトを見て,大きな刺激を受けました。  
 
この時期は,毎年こんなことを考えさせられます。なんか暗いみたいに感じるけど,意外と愉しいですよ。  
 
 
【編集後記】
 
以前とある方から「木村の書く文章長いから読むのめんどい」と言われ,まぁそうですよねってなりました。正直興味ない人は全部読まないと思います。ですので,今回みたいな長い文章のときは文頭に【要約】を付けるようにします。今回は3000字超えの記事ですが,それを2行で読めるので,コスパ()は高いはずです。ぜひご活用ください。 
 
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